フリーアドレスから働き方改革へ。オフィス改革を進めるカルビーの思想

フリーアドレス

働き方改革が叫ばれるなか、社内のオフィス環境を工夫する企業が増えてきています。その中のひとつに、フリーアドレスがあります。フリーアドレスとは、固定席をつくらずに社員が自由な席で仕事ができる仕組みのこと。このフリーアドレスを導入する企業が増えつつあります。

しかし、もともと固定席で仕事をしていた企業がフリーアドレスを実施するには、社内風土やいくつかルールなどを変える必要があるため、一朝一夕にはいきません。実際のところ、フリーアドレスを導入するにはどのような「壁」があるのでしょうか? そもそもフリーアドレスには、どのようなメリットがあるのでしょうか?今回は、早くからフリーアドレスを導入しているカルビー株式会社を取材しました。

フリーアドレス導入までの経緯

_MG_2186(カルビー株式会社 人事総務本部 人事総務部の中村有佑氏)

――フリーアドレスを導入した経緯を教えてください。

中村有佑氏(以下・中村):もともと本社が赤羽にあり、2009年に丸の内に移しました。そのとき、松本晃会長兼CEO(当時)が行ったのが「オフィス改革」です。赤羽時代は固定席でしたが、「個室の中に閉じこもっていては良いものは生まれない」と考え、壁をほぼすべて取り払い、さらにフリーアドレスを取り入れました。「役員の個室部屋も会議室も極力なくそう」という思想でした。

_MG_2203(密室になりがちな会議室だが、壁もなくオープンになっている)

――いきなりフリーアドレスにするには、さまざまな問題があったのではないでしょうか。

中村:赤羽のオフィスは、ワンフロアではなく複数階にまたがっていました。そのため、そもそも階の移動が必要だったり、フロアごとに壁があったりしましたが、丸の内に移動したときには本社機能がワンフロアに集まることで、自動的にメンバー一人ひとりの業務スペースも減らさないといけなくなりました。特に紙の量を減らすのが大変でして……。いきなりトップダウンで「紙を減らせ!」と言っても、なかなか進みません。そこで、移転のプロジェクトを立ち上げたり、ワークショップをやったりしました。

ジョンソン・エンド・ジョンソンなど外資系企業で代表取締役社長などの役職を経験していた松本からすれば、当たり前だったことがカルビーではできていませんでした。松本の就任当時、「(カルビーは)100年遅れている」と言い放ったほどです。当時は男性が朝早く会社に来て夜遅くまで働いて、仕事が終わったら飲みに行く、というよくある日本的な会社でした。しかし、それではワーク・ライフ・バランスの実現は程遠いですよね。弊社が一連の改革のなかで従業員の生活(ライフ)重視を目指すことを掲げた結果、社風を変えていかなければならないという結論に達しました。その一環としてフリーアドレスを導入しましたが、ルールを理解して腹落ちするまで、じっくり時間をかけてみんなで話し合いました。

――移転プロジェクトやワークショップは、総務が中心となって進められたのですか?それともたくさんいる従業員から有志を募ったのでしょうか?

中村:各部署から選出されたメンバーで構成された「本社移転プロジェクト」が立ち上がり、丸の内への本社移転と、オフィス設計、それに伴うペーパーレス化を進めていきました。主体的に動いて推進していったのは、現場のメンバーです。

――やはりネックとなったのは紙の量だったわけですね。

中村:そうですね。丸の内のオフィスでは、自分の机がなくなっただけでなく、個人のロッカーも狭くなりました。収納力はそれまでの一人分のデスクより狭いぐらいなので、ある意味、強制的に資料の半分ぐらいは捨てなければならなかったんですね。

_MG_2199(個人のロッカー。郵便物などの投函口もある)

――物理的に無駄を省いていかざるを得ないわけですね。そのほかにペーパーレスを進めるうえで、どのような施策を行ったのでしょうか?

中村:”NO MEETING,NO MEMO”という標語をつくり、ミーティングを減らし、資料を減らすことを周知・徹底しました。資料を作り込んでも、会議で何も決まらなければ意味がない。取締役会でも、5枚程度の資料しかありません。このような施策を推進していった結果、徐々に資料も減り、紙の量も減っていきました。

――それまで固定席だったのがフリーアドレスになることで、現場での混乱や戸惑いはありませんでしたか?たとえば、それまで固定席で密にコミュニケーションがとれていたのが、急にバラバラになることで、コミュニケーションが疎遠になってしまうのではという不安があります。

中村:たしかにコミュニケーションの取り方は変わりますね。フリーアドレスのデメリットとして、実際に弊社でもコミュニケーションの量や質が落ちるのではと不安視する意見もありました。

しかし、固定席だからコミュニケーションが促進されるというものでもないと思います。固定席のデメリットとしては、人間関係が狭くなりがちになってしまうこと。それに対してフリーアドレスは、コミュニケーションをとる人が流動的になるので、コミュニケーション力は必然的に高まり、人間関係も広くなります。そういう意味では、フリーアドレスは短期的にはデメリットもあるのですが、長期的に見たらそれがメリットになると私たちは考えました。

重要なのは、その移行をいかにスムーズに行っていくかだと思います。

――具体的にどのような施策を行ったのでしょうか?

中村:従業員は、スマートフォンを保持しており、内線電話もスマートフォンでやり取りを行っています。これによって、フリーアドレスでも、話したい相手に直接連絡ができますので、コミュニケーションロスは避けられていますね。

フリーアドレスからはじまった「働き方改革」

_MG_2206(オフィスは1フロア。横に広いつくりとなっている)

――フリーアドレスというと、自由に席を変えられるという、その仕組みが注目されますが、貴社ではフリーアドレスをもっと大きな視座でとらえているように思います。

中村:そうですね。フリーアドレスは働き方改革の一環だと私たちはとらえています。たとえば「在宅勤務」もある意味でフリーアドレスですよね。我々はフリーアドレスを社内の仕組みではなく、”日本中、地球上でのフリーアドレス”という広い意味で使っています。どこにいても働ける、そうした考え方をすることで、フリーアドレスは浸透しやすくなります。

そのためには、会社としてモバイルワークを承認する必要が出てきます。

――海外ではリモートワークは一般的になりつつありますが、日本ではリモートワークを認めてくれない会社がまだまだ多いと聞きます。その理由には、やはり従業員を「管理」したいという会社の思惑があるのでしょうか?

中村:「公平さ」を保つために会社としては従業員の勤怠を管理したいという意図はあると思います。しかし、公平さを求めていてはなかなか新しいことを推進していくことはできません。弊社では、人事から「在宅勤務をすることでマイナスにはならないですよ」と広報することで、リモートワークを推奨しています。

そうした会社側の理解の問題もありますが、従業員側にも原因があることも考えられます。実際にフリーアドレスやモバイルワークを経験した人しかわからないとは思いますが、これらの新しい働き方は意外と楽じゃないんですね。パソコンなどを持ち歩かないといけませんし、フリーアドレスの場合は毎日違う人と席を並べるわけで、適応力や対応力などがないとなじめません。

リモートワークは、自分で自分を律する必要があり、そのような観点で考えると、むしろ会社に出社したほうが楽だという従業員もいるかもしれません。結局は固定席にして、会社で仕事をしたほうが良いのではという結論になってしまう場合もあるでしょう。家だと会社から離れて一人で仕事している孤独感を感じる事もあります。フリーアドレスを導入する場合、会社側はそのあたりのバランスをとることが必要だと思います。

「ダイバーシティ」としてのモバイルワーク

_MG_2214(集中したい人向けに、集中スペースが設けられている)

――会社にはさまざまな人がいて、たとえば家庭の都合で早めに帰らないといけない人もいれば、家には仕事を持ち帰りたくないので、残業してでも会社で仕事を終わらせてから帰りたいという人もいます。それぞれのメンバーにとって快適なオフィスを実現することはできるのでしょうか?

中村:そうした多様性を包括するためのフリーアドレスであり、モバイルワークの導入でもあると私たちは考えています。働く場所を会社が決めるのではなく、メンバーに選択肢を提示して選んでもらうという考え方です。

たとえば、故郷で働きたいという人がいたとします。でも、リモートが認められなければ、退職するしか選択肢はありません。それは双方にとって大きな決断になりますよね。

会社の制度として、働く場所を自分で決められれば、一度試しに東京を離れて故郷で働いてみる、ということもできますよね。

――実際に試してみて、客観的に自分の働き方を考えてみることができるので、従業員としてはありがたいですね。

中村:会社としてもダイバーシティの推進につながり、優秀な人材の流出を防いだり、獲得するアピールポイントにもなります。会社に来ることが仕事ではなく、仕事をやることが仕事ですから、最終的にそれぞれが一番能力を発揮しやすい、働きやすい環境を自分たちで見つけてもらえればいいわけです。そのためのフリーアドレスであり、モバイルワークでもあるということです。

_MG_2202(こちらの区画では、セミナーなどが開催される)

――今後導入しようとしている施策があれば教えてください。

中村:モバイルワークについては、まだ自宅やカフェが中心ですが、どうしても自宅に場所がないという人のために例えばシェアオフィスを借りる、あるいはその費用を補助するなど、今後様々な選択肢を検討していこうと考えています。

また、試験的に取り組んでいるのは「役員もみんなと同じ普通席に座る」ということですね。現状、壁こそないものの、役員はまとまった席に座っていて、普通席とは区別されています。そこで、役員も普通席に座ってもらったんです。一般従業員にとっては、隣の席に役員が座って仕事をするのは新鮮だったようで(笑)、まさに究極のフリーアドレスです。そうした役員も巻き込んで新制度を実践することも、制度を浸透させていくには大事なことなのではないかと考えています。

――役員自らも実行すれば、改革の推進力は間違いなく加速されますね。本日は貴重なお話を教えていただき、ありがとうございました。